「赤とんぼ」に込められた思い──山田耕筰と懐かしい風景

作曲家

♪ 夕焼け小焼けの 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か ♪

この「赤とんぼ」を聴くと、胸の奥に夕方の静かな風が吹くような気がします。
でも、この歌に描かれているのは、現代の子どもたちにとっては少し遠い昔の風景です。

“負われて見た”という表現。
今の言葉ではあまり聞きませんが、これは「おんぶされて見た」という意味です。
まだ小さかった頃、お姉さんに背負われて見上げた空に、赤とんぼが飛んでいた。
そんな記憶が、この短い一節の中に描かれています。

山田耕筰(やまだ こうさく)は、こうした風景や家族のぬくもりを、音楽で伝えたいと願っていたようです。
彼は西洋音楽の技術を持ち帰った一流の音楽家でありながら、どこまでも日本語の響きと日本人の心に寄り添った歌づくりを大切にしていたのです。

「赤とんぼ」は、ただの懐かしい歌ではありません。
それは、過ぎ去った時間の優しさと、もう戻れない日々への祈りのようなもの。
子どものころには分からなかった歌詞の意味が、大人になって心に染みてくる──そんな歌です。

山田耕筰が、あえて子ども向けの歌に深い情緒を込めたのは、
「いつかこの歌が、その人の人生の中で、ふと立ち止まる場所になりますように」
そんな願いがあったのではないかと感じています。

 

日本の音楽をつくった人──山田耕筰について

日本の近代音楽の礎を築いた作曲家・山田耕筰について書いてみようと思います。

「赤とんぼ」「この道」「からたちの花」など、誰もが一度は耳にしたことのある童謡や歌曲を作ったことで知られる山田耕筰。
ですが、彼の音楽的功績はそれだけにとどまりません。

 

西洋音楽との出会い、そして日本での活動

山田耕筰は1886年(明治19年)に東京で生まれ、東京音楽学校(現在の東京芸術大学)で音楽を学んだ後、ドイツに渡って本格的に作曲と指揮を学びました。
当時の日本人としてはめずらしい本格的な海外音楽留学を経験し、その後、日本で初の交響曲を作曲したり、オーケストラやオペラを広めたりと、西洋音楽の導入・普及に大きな役割を果たします。

 

「赤とんぼ」に込められた情景

山田耕筰の名前を広く知らしめたのが、三木露風の詩に曲をつけた「赤とんぼ」。
夕焼け空に舞う赤とんぼの姿と、それを見ていた幼いころの記憶――その情景は、シンプルながらとても深い郷愁を感じさせます。

この曲は、単なる子どもの歌というよりも、大人の心にも沁みる抒情歌といえるかもしれません。

 

「なぜ山田耕筰が子ども向けの歌(=童謡)を作ろうと思ったのか」という点については、いくつかの背景が考えられるようです。

 

■ 背景1:子どもたちのための“日本らしい歌”を作りたかった

山田耕筰が活動していた大正時代から昭和初期のころ、日本の音楽教育では、まだまだ外国の童謡の訳詞(『チューリップ』や『かえるの合唱』など)が多く使われていました。

西洋音楽に精通しつつも、「日本の子どもには、日本語のリズムや風景に合った歌を歌ってほしい」という思いを強く持っていました。
だからこそ、日本語の美しさを活かした歌詞に、日本人の感性に寄り添ったやさしく、情緒豊かなメロディをつけようと考えたのです。


■ 背景2:詩人・北原白秋らとの出会い

山田耕筰は北原白秋をはじめとする詩人たちと多くの童謡を共作しました。
北原白秋は、子ども向けの詩を芸術としてとらえ、真剣に取り組んでいた詩人です。
彼らは「子どものための歌」だからといって手を抜かず、本物の芸術としての童謡を生み出すことを目指しました。

それは挑戦であり、音楽家としての新しい使命のようなものだったのでしょう。


■ 背景3:戦争と教育の時代的要請

大正時代から昭和初期にかけて、日本は近代国家としての教育制度を整えつつあり、「国語」と並んで「音楽」も子どもの教育に重要なものと考えられていました。
その中で、山田耕筰のような著名な作曲家が教育の場にふさわしい歌を提供することが求められたのです。

彼はただ教科書に載る曲を書くのではなく、子どもたちの心に残り、育まれるような音楽を本気で作ろうとしました。


結論として

山田耕筰が子ども向けの歌を作ろうと思ったのは、
•日本語や日本文化に合った歌を届けたいという理想
•詩人たちとの創作的な刺激
•時代の中での音楽教育への使命感

このような複数の要素が合わさった結果だと考えられます。

 

クラシックと民衆の歌の橋渡し

山田耕筰は、クラシック音楽の知識と技術を持ちながら、それを日本語の詩や日本人の感性と結びつけることに情熱を注ぎました。
日本語の自然なイントネーションを大切にしたメロディーづくり、四季のうつろいや人の心の動きを繊細に描く表現など、今聴いても新鮮な魅力があります。


最後に

私たちが何気なく口ずさんでいる童謡の中に、山田耕筰という人の音楽への深い愛と挑戦が詰まっていると思うと、改めてその曲を大切にしたくなります。

皆さんのお気に入りの山田耕筰の曲は何ですか?
私は実は、「赤とんぼ」の他に、「待ちぼうけ」がお気に入りです。

 

 

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