音楽を聴いて、涙が出そうになったり、心が動いたりしたことはありますか?
言葉ではうまく説明できないのに、ある旋律に触れた瞬間、なぜか胸がいっぱいになる──
そんな経験をしたことがある人は、きっと少なくないと思います。
ショパンの音楽には、まさにそうした「心の震え」を呼び起こす力があります。
派手な表現は少なくても、ひとつひとつの音に、そっと触れられるような繊細さと深さがあるのです。
ショパンの曲には、和声・間(ま)・メロディラインの「語り口」にこそ、彼ならではの個性が表れています。
たとえば《幻想即興曲》。
冒頭、オクターブの和音が“ポーン”と鳴らされ、「ん?何が始まるんだろう」と耳を傾けると、すぐに激しく問いかけるようなメロディが流れ出してきます。
まるで心の内に突然わき上がった思いが、言葉になる前に溢れ出たようです。
一方、《ノクターン》という曲は、とにかく優しく寄り添ってくれる音楽です。
静かに語りかけるような旋律、ためらうような間(ま)、柔らかく包み込む和音……。
聴いていると、ショパンがどれほど繊細な心の持ち主だったかと思います。
押しつけがましくはなく、ただそっと隣に座ってくれるような音楽。
傷ついているとき、心細いとき、言葉ではどうにもならないときに、静かにそばにいてくれるような──
そんな不思議な優しさがあるのです。
そんなショパンですが、実は歌曲もいくつか残していて、
なかでも《17のポーランドの歌》という作品集は、彼の音楽の中でも特別な存在です。
これらの歌は出版のためというより、ごく個人的な動機から生まれたもので、彼の死後にまとめて出版され、「作品74」として知られるようになりました。
そこには、ショパンの深い祖国愛、当時のポーランドの政治的・社会的状況、若き日の友人たちとのつながりが反映されていると言われています。
ショパン自身、「自由ポーランド」を願う人々と心を通わせていたこともあり、これらの歌には、まるで故郷への祈りや呼びかけのような感情が込められています。
たとえば《願い(Życzenie)》という曲には、ショパンが得意としたポーランドの民族舞踊「マズルカ」のリズムが使われており、素朴で明るく、けれどどこか切ない響きがあります。
《春(Wiosna)》は、そのメロディの美しさゆえにピアノ独奏用にも編曲されました。
まるで季節の移ろいを見つめながら、静かに語りかけるような一曲です。
これらの歌曲には、ピアノ曲とはまた違った、言葉と旋律で語るショパンの「もうひとつの声」が聞こえてきます。
忙しい現代だからこそ、言葉では届かない心の奥に、そっと寄り添ってくれるのが、ショパンの音楽だと思います。
私自身、言葉で思いを伝えるのがあまり得意ではなくて、
「全部、音楽で伝えられたらいいのに」と思うことがあります。
それを本当に実現しているのがショパンなのかもしれません。
涙も、笑いも、祈りも、すべてが音になっている──
彼が一度も帰れなかった祖国。
それでも音楽は、いつもポーランドに帰っていたのです。
そんなショパンの音楽を、またひとつ、大切に味わいたくなりました。
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