今日は、私が大学時代に歌った思い出の一曲、シューベルトの歌曲「糸車によるグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade)」をご紹介します。
この曲は、作曲家フランツ・シューベルトが17歳のときに書いた作品で、ドイツの詩人ゲーテの有名な物語『ファウスト』の一場面がもとになっています。
登場するのは、若い娘グレートヒェン。
彼女は糸車を回しながら、恋に落ちたファウストのことを思い、心の中でその気持ちを語り続けます。
ピアノ伴奏は、まるで本当に糸車が回っているように、細かい音が絶え間なく続きます。
その上に、グレートヒェンの揺れ動く心が、歌の旋律として重なっていきます。
シューベルトはこの作品で、恋する心の高ぶりや切なさをとても細やかに描いていて、「ドイツリート(ドイツ歌曲)のはじまり」とも言われるほど大切な作品になっています。
「糸車によるグレートヒェン」(訳:ことことり)
もう私は落ち着かない
胸が苦しくてたまらない
どこを探しても
もうあの安らぎは戻ってこない
あの人がいない場所なんて
まるでお墓みたい
この世界のすべてが
色あせて、悲しく思える
頭はぼんやりして
何も手につかない
心はバラバラになって
自分でもわからない
窓から外を見るときも
あの人のことばかり考えてしまう
外を歩いていても
頭の中はあの人だけ
あの人のまっすぐな歩き方
気品ある姿
口元の笑み
目の輝き――
そして、あの人の
やさしく心を満たす言葉
手を握ったときのぬくもり
それから……あぁ、あのキス!
この胸は
あの人のもとへと向かってしまう
ああ、もし抱きしめられたら
しっかりつかまえて
思う存分、キスができたなら……
そのキスで命が尽きてもいい――
「原詩:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』より 作曲:フランツ・シューベルト」
グレートヒェンは、この恋にすべてを捧げるような想いで、心のうちを語っています。
若さゆえの純粋で激しい感情が、曲全体を通してひしひしと伝わってきますね。
大学時代、初めて挑戦したドイツ歌曲がこの曲でした。
慣れないドイツ語の発音に四苦八苦しながらも、歌の中にある感情をどう表現すればいいかを一生懸命考え、練習を重ねたことをよく覚えています。
ピアノが回る糸車を描くように、同じリズムがずっと続く中で、グレートヒェンの心はどんどん揺れていきます。
淡々とした伴奏とは対照的に、旋律はだんだんと熱を帯び、最後には彼女の心があふれ出すような場面もあります。
たった一人の心の中にある想いを、ここまで繊細に、しかもドラマチックに描いた歌曲はそう多くないかもしれません。
グレートヒェンの、どうしようもないほどの恋心。
切なくて、激しくて、思わず胸を締めつけられるような気持ちになります。
あのころ頑張って歌った経験があったからこそ、大人になった今でも、この曲を聴くと強く心を揺さぶられます。
若い日の自分と、グレートヒェンの姿がどこか重なって見えるのかもしれません。
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